• ERIKO

もう一山

ライブが終わっても、また次の日からアレンジの続きをやる

 

9月はありがたい事に、バンドでのレコーディング仕事とライブと、サポートライブで忙しく過ぎた


身体も心も(笑)シンドイけれど、バタバタしてる方が、忘れたい事を思い出さなくて良いので、それも良いのかもしれない

そんな風にして、人は物事を風化させてくんだろうからね


友達がいなくなり、外部との接触が減ると情報が減る


それが続くと年寄りの典型的な浦島太郎状態になるので、出来るだけ自分1人でもアンテナを張っているし、現役で居続けるための努力はそれなりにしている


そして、本当にコツコツだけれども、少しずつ想いも叶ってゆく


昨日はね、ライブの最後の曲が

私の大好きな曲でね


久しぶりに弾いたのだけれども、途中でいろんな事を回想しそうになったら、泣きそうになって、我慢してたら喉のところが痛くなってきたので、その瞬間に心痛む事を思い浮かべて弾くのをその瞬間にやめた(笑)


私はナルシストじゃないので(笑)そういう事はしないし、好きじゃない


自分が自分を大好きな人は、気恥ずかしくもなくそれが出来るんだろうけれど、私らしくないな〜と思ったので、途中で思いにふけるのはやめたわけね(笑)


ロマンは、そんな風に具体的なもんじゃないから

ロマンはもっと形のないもので、もっと偶発的なものなのだ


意識をした時点で、ロマンはロマンで無くなる


なんて事を、最後のライブの時のことを思い返してました


感情を表に出さない訓練をしていると、そのうち本当に感情がなくなるような気がする


人の話を聞いていても、感情的になることが無い

怒ったり、何か変だな?と思ったりすることもない

無感動な人間になってゆくわけだね

そうしてると、誰ともトラブらないだろうし、感情的な人が馬鹿に見える


自分がそうだったんだろうなと、思い返す


何事にも深く関わらず、人ごとのままで、その場限りで終われば、少しは世の中をうまく生きていけるのかもしれない


全てが、自分には関係のない事になる 時々、少しだけ自分が良い気分になれるような事をする


それは、人と張り合うことでもなく、過剰な自己満足でもなく、勿論お金でもなく、地位でもない


もっと本質的なことだ


だから、少なくとも怒りや苦しみや、憤りを感じないで穏やかに過ごせるというのは、今の私にとって1番の優先順位なので、感情が波立たないというのは、楽なもんだとね。相手が物に見えてくるからね(笑)話の調子を合わせてるだけで感情移入はしない。

そんな事をまたしたら、悲しかった思いが振り返すだけだ

だから、

人からの情報を聞いても焦ることもなく、自分には所詮関係のない事〜と思う訓練をすると、何も気にならなくなり、怒りも嫉妬も、何もかもなくなる

ようするに「今日は良いお天気ですね〜」みたいな、世間話をしてるだけな感じだ


こうなりたかった


そう、これで良いのだ



では

仕事の続きをやります


写真は、

ライブ時の差し入れでいただいた、めちゃ美味しいお菓子です

ありがとうございました

P.S.


このままいくと、不感症な心な人間の形をした物体になって行きそうな不安もあるが

どこかに、その鬱積したマグマのような物が、回数は減るものの(笑)固まって排出されるだけで、心と脳のエネルギーやスタミナの絶対値は変わらないんじゃないかという気もする


だから、普段冷静な人が、ある瞬間だけ、ほとばしるような何かを発する〜という、年中、感情表現する回数を凝縮していくだけ〜というやり方もあるのかな〜などとも思う


枯れる事は無い…ことを祈る


もしも

今やっている精神の訓練の仕方が上手くいったら、結構面白い

この私が?(笑)そんな事が、自己暗示でコントロールできるとしたらば

すごい自分的発見になるかもしれない


人との縁を切るために、相手から長い期間無視され続けてきた経験をして、人間てこんなに非情な事が出来るのかなと言うことを知ったからね


そんな冷酷なやり方で、人の心を壊し、感情を失くさせるようなやり方をされた


人を人とも思わない人間が、自分が信頼して近しい人だった事もショックだった


それで、私は精神をやられてしまったわけだからね


それでも、そんな冷酷なやり方をする人は、平気な顔をして生活してる


何度目かの人間不信のきっかけは

そのせいだから


それならば、同じように生きてやろうと思うわけだ


世の中には悪魔という人間がいる事に、間違いはないと思う


そういう事のできる、悪魔のような自分をどう思ってたのか、いつかは聞いてみたいと思う


恥を知れ